”ポチ”の由来!
昔、昔あるところに、"tsuchi"という飲んだくれがおりました。
つくし野テニスカレッジのコーチ時代、先輩コーチでかつ慶應義塾の先輩でもあったF本氏とコーチルームで無駄口をたたいていた時、F本氏は言いました。
”慶應のテニスサークルはつまらないから、どこにも所属していないんだよな。”
かねてより慶應SLCに所属し、なんだこりゃ、っと思ってフェイドアウト気味だった"tsucchi"はF本氏に、”そうっすよね。”と同調します。
そしてF本氏の、”いつか社会人になったらテニスサークルを作ろう!”っと言う言葉にさらに同調した"tsucchi"は、F本氏に言います。”名前はどうしましょうね?!”
過去、現在と慶應内最強を誇っている”ポニー”に対抗し、”ポチー”にしましょう、などと酔っ払い気味な盛り上がりを見せ、なんとそのまま”ポチ”の由来となったのです。この時、学生だった"tsucchi"には、将来を左右するかも知れない話になるとは、予想も出来ませんでした。
そして、その傍らには、当時”ポチ”と呼ばれてかわいがられていた、同様に飲んだくれで慶應義塾の後輩だった現イベント部長の姿があったことも書き加えておかなくてはなりません。
前置きがエライ長くなりましたが、”ポチ”の由来は、現イベント部長の三村先生なのでした。
”ポチ”の発生過程!
その後飲んだくれだった"tsucchi"は、大学を卒業し、飲んでばかりいたお陰で大○ハウス工業鰍ノ入社します。
当時、火・水休みだったうえに、元テニスコーチだったこともあり、慶應SLCの女子メンバーの方々をご指導させてもらう機会があり、火・水に数人の練習をみていました。
しかし、転機が訪れます。社会人3年目を迎える直前に政界のサラブレッド鳩○家の関連会社に転職し、土・日休みに変わってしまった"tsucchi"は、これまでのように気軽にコートを取れなくなり、それではどうせなら大勢で練習しよう、っということなります。
そこで、テニスを始めた頃のテニススクール仲間だった”八王子ローンテニスクラブ”のみなさん、テニスコーチをしていた”つくし野テニスカレッジ”のみなさん、大学の時のサークル仲間だった”慶應SLC”のみなさんを中心に声を掛け、この練習が”ポチ”の基礎となったのです。
その後、"tsucchi"に暴れグセがあるため、紆余曲折はありましたが、それぞれの仲間が仲間を呼んでくれて、現在の形となっています。現在、"tsucchi"の出欠確認用シートには、男・女とも40人づつ記載されています。毎月2回のテニスの定期練習では、2面4時間で最大16人を参加限度としていますので、もちろんこれらの方々が常時ご参加頂いている訳ではありませんが・・・。
本当にみなさんには感謝感謝です!
2002年より機能していたコーチ会という役員制度一歩手前の制度も、2003年より新幹事会制度へと昇華し、あと一歩で完成するところまで来ました。このため、一応2002年を便宜上サークルの活動開始年と定めました。
また、2002年11月より、ついにサークルのホームページが試験運転を開始し、一般募集の道が開けました。
”ポチ”のこれから!
そんなテニスサークル”ポチ”は、テニスという原点に回帰するため、2003年春季から多摩社会人庭球連盟に所属しました。今後は1部昇格を目指し(最速で7年後・・・)て頑張っていきましょう。
また、今春から多摩社女性リーグへの参戦も果たす予定になっています。その他、一般の社会人サークル等との団体戦を数多く組むことで、全体のレベルアップを図ります。
もちろん、普段の月2回の定期練習をしっかりこなすことが最重要であることは変わりありませんし、また、テニスだけでなくその他のイベントも充実させていきたいとの思いから、幹事会もテニス部・草刈り部・イベント部・その他で役割分担していきたいと思います。
私達は、このような活動を通して、遊びにもホンキで取り組みたいと思います。
しかし、ホンキで遊ぶためには、その前に様々な分野で努力し、成功した人生があるべきではありませんか?そのような優秀な方々の集まりが相乗効果を生み出し、将来に渡って末永くみなさん全員が繁栄していけたら最高だと思うのです!みなさん全員が最高の将来を、そして老後を迎えられるように!!
ま、現実はまだまだまだまだですけどね・・・。やっぱり飲んだくれですし・・・。
